高等学校

俊助は同じ東京の高等学校で机を並べていた関係から、何かにつけて野村一家の立ち入った家庭の事情などを、聞かせられる機会が多かった。野村家と云えば四国の南部では、有名な旧家の一つだと云う事、彼の父が政党に関係して以来、多少は家産が傾いたが、それでも猶(なお)近郷(きんごう)では屈指の分限者(ぶげんじゃ)に相違ないと云う事、初子の父の栗原は彼の母の異腹(はらちがい)の弟で、政治家として今日の位置に漕(こぎ)つけるまでには、一方(ひとかた)ならず野村の父の世話になっていると云う事、その父の歿後どこかから妾腹(しょうふく)の子と名乗る女が出て来て、一時は面倒な訴訟(そしょう)沙汰にさえなった事があると云う事――そう云ういろいろな消息に通じている俊助は、今また野村の帰郷を必要としている背後にも、どれほど複雑な問題が蟠(わだか)まっているか、略(ほぼ)想像出来るような心もちがした。 「まず当分はシュライエルマッヘルどころの騒ぎじゃなさそうだ。」 「シュライエルマッヘル?」 「僕の卒業論文さ。」  野村は気のなさそうな声を出すと、ぐったり五分刈の頭を下げて、自分の手足を眺めていたが、やがて元気を恢復したらしく、胸の金釦(きんボタン)をかけ直して、 「もうそろそろ出かけなくっちゃ。――じゃ癲狂院(てんきょういん)行きの一件は、何分よろしく取計らってくれ給え。」